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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1156号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人

日笠博雄

溝口節夫

被控訴人

乙田春男

右法定代理人親権者母

乙田花子

右訴訟代理人

大室征男

主文

本件控訴を却下する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決が控訴人に対し公示送達の方法によつて昭和五三年三月二四日送達され、それが形式上昭和五三年四月七日の経過をもつて確定していることは、控訴人の認めるところであるし、本件記録によつてもそのことは認めることができる。

二ところで、控訴人は、所在を隠す必要があり行方をくらましていたところ、右の公示送達がされたものであり、この公示送達のあつたことを知つたのは昭和五三年四月一五日で、この日の翌日から起算して一週間内に本件控訴を提起したものであり、右公示送達による原判決正本が控訴人に昭和五三年三月二四日送達されたことを知らなかつたことにつき控訴人に過失があつたものということはできないから、結局本件控訴は適法というべきであると主張するので、先ずこの点について判断する。

控訴人が昭和五三年四月二一日本件控訴を提起したことは記録上明らかである。控訴人がその責に帰すべからざる事由によつて控訴期間を遵守することができなかつたものである場合には、その事由のやみたる後一週間内に限り、適法に控訴をすることができることは、民訴法一五九条一項の規定から明らかである。同条一項にいう「其ノ責ニ帰スヘカラサル事由」とは、これを本件についていえば、控訴人が原判決が公示送達されたこと、従つてこれによつて控訴期間が進行していることを知らず、かつこれを知らないことにつき過失のない場合を指すものというべきである。

ところで、〈証拠〉を総合すれば、乙田花子は昭和五一年一二月二〇日被控訴人を分娩し、当時控訴人は被控訴人が自分の子であることを認めていたが、控訴人が認知の手続をしないので、花子はその手続をするよう控訴人にしつこくせまつたため、控訴人は当時勤めていた愛誠病院を退職して昭和五二年二月頃行方をくらましたこと、控訴人は右愛誠病院を退職したのち、岐阜県、東京都利島、岩手県等で病院ないし診療所勤めをし、花子の前から身を隠したものの、父の血圧が大分悪く、母も心臓病で安心できないような状態にあつたため、昭和五二年五月頃からは毎月電話で父母と連絡をとつていたものであること、昭和五二年三月か四月花子は被控訴人を連れて控訴人の母甲野まつの許を訪れて甲野まつに対しこの赤ん坊(被控訴人)が控訴人の子であることを明確に告げ、甲野まつは後記の差置送達された呼出状を見て、被控訴人より控訴人が認知の訴を起こされていることを知つたものであること等が認められ、〈る。〉。そして、被控訴人の母花子は被控訴人の法定代理人として控訴人を相手に本件認知の訴を昭和五二年七月二日に提起し、右訴につき甲野まつは昭和五三年二月一四日午前一一時の口頭弁論期日における証人としての呼出状を同五二年一二月二日午後二時に東京都葛飾区新宿二丁目二三番六号の住所で送達されながら、正当の理由なくこれが受領を拒んだので、その場に差し置いて送達されたことは、本件記録上明らかである。

以上認定の事実によれば、控訴人はいずれ被控訴人の母花子より被控訴人の認知を訴求されるのを免れようとしてその住所を転々したものであり、しかも、おそくとも昭和五二年中か昭和五三年一月はじめには本件訴が提起されていることを知つたものと推認することができる。そうすれば、控訴人が本件公示送達による原判決の送達を知らなかつたことについて過失がなかつたものであるといえないことは明らかである。そうすれば、控訴人はその責に帰すべからざる事由により控訴期間を遵守することができなかつたものでないから、本件控訴は控訴期間を徒過してなされた不適法なものとして却下を免れない。

そこで、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(鈴木重信 糟谷忠男 浅生重機)

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